心疾患患者と運転免許書

かつてアメリカでは、無症状であっても飛行機のパイロットに対して、定期的に運動負荷検査や冠状動脈造影を施行していたと聞きます。これはアメリカという国家が、公共機関の運転手であることの重要性を強く認識している証拠であると思います。

私の循環器外来では、日常生活はなんとか可能ですが、突然死の可能性が同世代の健康人より高い患者が多くおられます。天理よろづ相談所病院は郊外に位置し、ほとんどの患者は自分で運転して来院します。新たな心筋梗塞が生じれば突然死する可能性が高い重症の三枝疾患患者、意識消失の病歴をもつ肥大型心筋症患者、悪性の不整脈が証明されている拡張型心筋症患者に対して私は法的な拘束力はありませんが運転禁止をすすめています。日本では、交通事故死のうち、運転手の医学的問題が原因となっている例はどれくらいあるでしょうか?意識を失った運転手の車が学童の群につっこめば巻き添えになって死ぬ人も多いと考えられます。2年前、東京の監察医と話す機会がありましたが、死亡した運転手を解剖しても、何らかの事故か、医学的に問題が生じた結果に事故になったかは明瞭にできず、死亡された運転手の既往歴を調査してその原因を探った検討はないとのことです。

学校検診の目標は、 long QT症候群やWPW症候群という突然死のhigh risk groupを検出し、事前に対処することです。では、これら患者の突然死の頻度はどれくらいでしょうか?運転手の医学的問題で生じた事故の割合はわかりませんが、long QT症候群やWPW症候群であったため死亡する学生より、同世代の自動車事故で死亡する人間の方がはるかに多いというデータがあります。

翻って、現実の日本では、医師の意見に拘束力がなく、患者が我々の意図を理解しても生活の手段を奪われるため、運転禁止は実行しにくい状況です。健康人の死亡率を減少させることが医療のひとつの目標であれば、政策としてこのような患者が自由にのれる公共の交通手段をもっと発達させ、彼らが運転しなくてもよい社会を作ることも重要であると考えます。

我々内科専門医は内科全般を広く見渡せ、患者に対して良質な医療を行うと同時に、行政にも意見を述べ、よりよい社会を作っていく義務があると思います。